転落する人生 一寸先は闇 なんでこうなった?必死に這い上がろうともがく日々

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怒りが原動力
2015年09月21日 (月) | 編集 |
デザイン部の統括マネージャーSさんに部署異動の願いを伝え
話し合いの末、Sさんの担当部署である編集部へと異動の運びになった

私は某大手小売り業の担当部署では、
仕事の全体をまとめたり全員分の校正をするのがメインになってしまっていて
デザインやMacでの作業が激減していた

それをMacや印刷の知識があるのに勿体ないという理由で、
会社には編集に異動ということで名目上はそうなった

ただ、そう簡単には、某大手小売り業の担当部署からは
抜けれなかった
何故、こんなに大変な時に○○君(私の名前)を異動させるのか??という
反発が出た(誰にも異動願いのことは言っていない)

当たり前だろう・・・

しばらく、仕事の引継、流れを効率化し、
部署自体が安定して大丈夫になるまでは、
掛け持ちで仕事をするということになってしまった

ますます自分の首を絞める結果になったが、
どうしても違うこともしたいというのと、
もう関わりたくないとうのもあったので、
早くまとめあげて異動できるように色々考えた

だが、編集部の仕事が早く終わっても
元の某大手小売り業の担当部署への手伝いをする・・・

このままでは、ダメだと思った
何も変わらないどころか、仕事量が更に増えた

元の部署の皆には悪いと思ったが、
切り離していくことにした

それでも、どうしても人手が足りない時は、
応援に駆り出された

しかし、原稿や決め事など、
ほんの少し空いただけで状況が目まぐるしく変わる
全ての情報が伝わっていない状況下で
最終の校正するのは危険な状態になっていた

しかも編集部へ異動したことで、
色校正のデジタルプルーフ(DDCP)出力や
外注に出す、フイルム出力などを覚えていた

当時、印刷するのはフイルム出力がメインであったのだが
会社はコストダウンとスピードを求め
最新のCTP(コンピューター・トゥ・プレート)と言われる
フイルムを出さすにら直接印刷版を出力するという方法を導入していた

そして恐れていたことが現実となった
元の某大手小売り業の担当部署の応援があった

原稿整理から制作、修正、校正、出力、と
デザインの後工程まで全て一人でやることになってしまった

すべて、一人の目だけで進めるのはかなり危険だ

それでも、少しずつだが
編集部の仕事が中心になりかけていた時

最終、校正をした広告が間違っていたのだ

情報が全て把握できない中途半端な位置での
作業がミスの原因だった
最新原稿が私に渡っていなかったのだ

ちょうど産地偽装問題や牛肉偽装事件で
広告の産地表示や牛肉の明記はシビアになっていた
黒毛和牛、和牛の違いなど絶対に間違ってはいけない

一度、和牛の販売店舗にも黒毛和牛と表記してしまい
大問題になってしまった

部署全員会議室に呼ばれ営業部を交えて
話し合いをした時がある

そこで、ごちゃごちゃ能書きだけ垂れる
会社のお偉いさん達に、どう解決して、
どう対策していくのか?と圧力をかけられていた

皆、不眠不休で制作して、
急な変更で振り回され、
いつミスが起きてもおかしくない状況化で言われたのが腹が立った

対策案を威圧的に意見を求められた
部署内、皆だまりこんでいた

私は、ダラダラと長い会議が嫌いだ

あぁ、どうにでもなれという思いと、怒りで、
「対策?私が全て校正して間違わないようにします」と言った

案の定
「それじゃ、対策にならないだろ!?」

「いや、絶対に間違わないから大丈夫ですけど?」と、啖呵を切った

誰にも文句を言わせなかった

それで会議が終わった

M上君には、「めちゃカッコいいじゃないですかー」と言われていたが、
同時に色んな人を敵に回してしまっていた

たかが、27、8歳の新人(3年目)が偉そうにという感じだろうか・・・

当時、デザイン事務所からMacスクール、印刷会社と
ずっと、怒りが原動力だった

何か間違っていること(と思っている)に対して
怒りで動く

かなり生意気だったんじゃないかと思う


ミスの広告制作の担当は入社当時、教育担当で
凄く良くしてくれたU田さんで
最終校正は私がした

営業Mはすごい剣幕で
編集部で仕事をしている私の元に怒鳴りこんできた

広告を叩きつけて、
「これどういうこと?!どうなっているんだ??」

一瞬、意味が分からなかったが、
最新原稿があったのが後から分かった

おそらく、クライアントの販促の人に営業のMも怒られてきたのだろう

私は何も言い返せなかった

U田さんが急いでかけつけてきて
「私が言ってなかったのが悪いから○○君は関係ないです」と
かばってくれた

ギリギリ納期的に刷り直しで対応出来たが、
会社的には損害だ

始末書を書きながら思った
激務のピーク時、
全てのことに少しでも関わっているから
自分のミスでもミスじゃなくても
始末書を書いてた
1週間に1回は書いているときもあった
訳も分からず・・・

次の日、U田さんとたまたま出勤時に出会った
泣きながら迷惑をかけたことを謝られた
「バタバタしてたし、そこまで確認しきれなかった私も悪かったから」と慰めた

これが、きっかけで掛け持ちは危険と
会社も判断したのだろう
完全に編集部の仕事だけが仕事になった

ただ、編集部も元の某大手小売業担当部署に匹敵するぐらいの
長時間労働の現場なのだ・・・


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